響応 (1968)

基本
作品名(英) Kyō-Ō
作品名(独) Kyō-Ō
作品記号 013
作品年 1968
ジャンル オーケストラ/協奏
演奏時間 14分
楽器 Pf (multipiano), Orch, Elec-Sounds
楽譜・譜面
株式会社音楽之友社
連絡先 〒162-8716 東京都新宿区神楽坂6-30
電話 (出版部)03-3235-2145
ホームページ www.ongakunotomo.co.jp/

曲目解説

石井眞木, 1992年

この作品を書いた1960年代後半は、第2次大戦後の「前衛音楽」が大きな行き詰まりの壁に直面していた頃で、「電子音楽」も同様に、無機的な音質に対して多くの作曲家が懐疑的になっていた。私自身においても、この作品を書く2年ほど前に「法隆寺」で初めて「聲明」を聴く機会があり、西欧と全く異質な音楽観の新たな〈音楽情報〉に、それまでの作曲姿勢の根底を揺すぶられ、 苦悩していた時期であった。

〈日本の伝統音楽との出会い〉は、1967年作の「弦楽のためのエクスプレッシオーネン」(作品10) に、すでに音色と構成の面で反映しているが、「響応」ではリズムの面でそれが顕著に表れていたように思える。しかしその他のパラメーターでは、前衛的な技法、音感が全体を覆っている作品であろう。といっても、電子音響はやはりその時期を反映していて、純粋に電子的、無機的な音響は慎重に避けている。つまり、〈楽器音〉を電子的に変調することが基調になっているのである。この作品では、NHK電子音楽スタジオが開発した、「マルチピアノ」を使っているが、これは、すべてのピアノ線に特殊マイクロフォン(88個)を取り付け、弦の振動を空気の疎密波としてでなく、直接、電気信号として取り出せるもので、ピアノ演奏をしながら自由自在に変調が可能である。しかしこれは、あくまでも純粋な〈電子の音〉ではなくて、〈楽器の音〉あるいは、その延長線上にある響きである。

「響応」はそれまで、私が学び、経験してきた前衛技法と、日本の伝統音楽との邂逅による〈新たな音世界〉の予感という、私の転機の先駆けとなった重要な作品なのである。

放送初演:1968年3月/NHK・FM放送。指揮:山岡重信、ピアノ:高橋アキ/プロコルデ室内楽団

ステージ初演:1969年2月/「日独現代音楽祭」。指揮:石井眞木、ピアノ:高橋アキ/日独現代音楽祭合奏団

石井眞木、1968年

ある響きはさまざまに変化された響きを誘い出し、この響きの群れはさらに新しい音響群を生起させる。このような構成法をなぞってこの作品を「響応」と題した。又これは拙作「波紋ーヴァイオリン、室内アンサンブルとテープのための音楽ー」(1965)「絞楽オーケス卜ラのためのエクスプレシオ一ネン」(1966/67),「ピアニストと打楽器奏者のためのピアノ曲」(1968)など一連の作品で試みている私なりの新しい音響構成法の一つの展開なのである。

この作品の素材的に重要なポイントの一つは、ピアノの持つ音響的可能性を追求したことである。通常の鍵盤奏法はもちろん、プリペアードされた音、ピアノ内部を打つ、こする手法、あるいはマルチピアノ(後記)による電子的な音響拡大、さらにはこれらの音をさまざまな変調器を通して変質させるなど、ピアノから引き出された音響素材は豊富である。

「響応」ではこのようなさまざまなピアノの音響に木管群のないオーケストラと電子音響がからみ合うので、その意味ではピアノ協奏曲風と言っても良いと思うが、しかしこの作品では決っしてピアノと他の部分との対話は行なわれない。構成的にも従来のピアノ協奏曲形式ではないし、その発展と言ったようなものでもないのである。

この作品のもう一つの重要な問題点は電子音で、ここではテープに定着されたものと、生の演奏をその場で電子的に変質させる、いわゆるライブ・エレクトローニック・ミュージックの手法による二つがある。前者はすべてピアノを素材として制作され、他の素材はいっさい用いられていない。したがって総譜に指定された箇所に再生される(テープに定着されている)音響はすべてピアノから引き出され変質された音響なのである。後者はマルチピアノそのままの演奏と、金管群と打楽器群とに随所用いられており、演奏されたマルチピアノ、金管群、打楽器群の音響群が同時に、あるいはある一定の間隔をもって電子的に変調されて空間に出現する。

しかし、前者のテープに定着された電子音響も実は素材制作の時点で一度人間がピアノを演奏したものなので、その点では前者後者の差異はない。この素材制作における「演奏」は、それがさまざまに変質されたとしても、純粋に電気的に制作された音とくらべて質的に次元を異にするわけで、ここにこの作品の電子音のあつかいの重要な特徴がある。いいかえれば、電子音響が他の楽器群の発する音響、リズム感と違和感なく調和すると言う意図を持っているのである。

完成:1968年6月
演奏時間:約14分

マルチピアノについて

(最近NHK電子音楽スタジオで開発されたもので、多目的ピアノとも言う)

グランドピアノのピアノ線に特殊なマイクロフォン(88個)を取付けてあり、絃の振動を空気の疎密波(そみつは)としてでなく、直接電気信号として取り出すことが出来るのが、このマルチピアノの特徴である。したがってその出力に対して各種の電気的な操作を加えることが出来るために、より豊富な音色を得ることが出来る。このマルチピアノのもう一つの特徴は演奏と同時に電気的な操作が可能な点で、例えば、演奏会場でピアニストによって演奏された音を同時に変調器フィルターなどで音色を変えることなども容易である。もちろん通常の音によるピアノ演奏も可能で、これらの併用によって音色的、音響的に豊富なピアノの音を自由に用いることが出来るのである。