クロノロギー 1350 (1995)

基本
作品名(英) Chronology 1350
作品名(独) Chronologie 1350
作品記号 104
作品年 1995
ジャンル 独奏楽
演奏時間 12分30秒
楽器 Se (chin. koto)
楽譜・譜面

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曲目解説

古代中国では、古郷飲酒礼、大射礼などの儀礼で必ず「瑟」が歌の伴奏をしていたというが、この度復元された「瑟」の音色は、日本の「箏」とは異なって、やはり中国の「古琴」と<同系>と思わせる響きを発する。実に柔らかな響きをもち、『琴瑟相和し』とはよくいったもので、琴を男性、瑟を女性になぞらえるのがよく解る響きである。

復元された「瑟」は二十四絃で、低音の六絃と、中(高)音の二つの九絃であるが、片方の九絃一列は「共鳴絃」であり、本来は<弾かない>らしい。私はしかし敢えて、奏者を二人にして、この「共鳴絃」も第Ⅱ奏者に演奏してもらうことにした。理由は、共鳴絃を奏すれば響きは増幅されるとともに、<響きの層>と<時間の層>(後述)を形成するからだ。調絃は低音から高音まで、三つの異なった「四音音階」(テトラ・トーン)が含まれるような調絃をした。いわゆるこの楽器の歴史的な<五音音階的な響き>を尊重しつつ、ここに<現代の響き>を加味して<新しい響き>を得んと意図した調絃である。

この作品は、「大化改新1350年記念」として談山神社の委嘱作であり、このことが構成、音楽時間の設定に大きく反映している。奈良の談山神社には有名な「十三重塔」がある。この「十三重塔」は、はなはだ異形で通常の「五重塔」とは異なっている。木戸敏郎氏がこの「塔」を詳しく説明している一文から、要約をご紹介する。

(一)基壇とその上に建つ初層。全体の中ではバランスを破るほど規模が大きく、特に屋根に著しい。

(二)二層から十三層までの部分。初層に比べてガクンと規模が縮小され、かつ塔身が退化して屋根だけの累積。

(三)頂上の細長い相輪。

[『日本及日本人』平成四年/爽秋号より]

私は、この「十三重塔」の<異形>によって曲を構成した。曲は長い「提示部分」(初層)、そして、その後のより短い十二の部分(十二層)とコーダ(相輪)からなっており、それは「十三重塔」をなぞるように<逓減の法則>によっている。

談山神社の祭神・藤原鎌足が飛鳥時代に、日本ではじめて「漏刻」(水時計)を作らせ、ここで日本人の<時間の概念>が端を発したのだが、この水時計は水の「量」で時間をつくる。このことが、日本人の時間概念に大きな影響を与え、西洋の「日時計」(影/抽象的)による時間概念と大きな隔たりをもったといえよう。音楽でいえば、日本の伝統音楽と西洋音楽のもつ<音楽時間の差異>に繋がろう。

この作品では、一つの瑟を二人の奏者が相対して演奏するが、第Ⅰ奏者は、曲を「砂時計」で計量数的に、第Ⅱ奏者は「デジタル時計」で順序数的に演奏するよう指定されている。即ち、前者は日本的時間感覚で、後者は西洋的時間感覚で演奏するのである。ここで東西の二つの音楽━時間概念は同時進行し、層を形成し、時間的空間を出現させる。

この作品を、作品成立に貴重な示唆を与えて下さった木戸敏郎氏に献呈する。

石井眞木、1995年